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趣味で作成している一次創作、二次創作の公開をしています。TRPGなどへの考察やゲーム、文庫の紹介などもちらほら。
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「どうも、皆さん。今から、この語り部たる私がお話しする物語は、とある男の勇者との邂逅の物語。冒険はすでに廃れた世界の冒険活劇にございます。男の名は、ウィード・バウアー。かつて魔王を殺した偽勇者にして、勇者になりたいと足掻き続ける、無様な英雄にございます。勇者の名は天祢 遥。勇者である事を知らずに生きた、唯人の、未来の英雄にございます。さて、今より始まる第一話は、彼らにとっては運命の転換期。勇者の存在と勇者と見間違えられるほどの凄腕が、如何にして出会う事になったのか。それでは、今しばらく御静聴ください」


 少し想い返す。もはや記憶の彼方へと過ぎ去ってしまった俺の原点を、あの事件を、君達に伝える為に。

 ―――はっ、はっ、はっ。

「君達には無理だ」
 驕った勇者の、俺達への言葉がそれだった。

 とある村、農業なんかを営む、本当に小さな俺の住んでいたヴィーロッシュという村は、魔王の脅威を間近で受ける土地だった。魔王城はすぐ傍に佇み、俺達は戯れに訪れる魔族(それも上位の、生粋のデーモン達だ)に作物を、財産を、人を同じく戯れに奪われるしか出来なかった。村一番の剣士であり神官の呪文にも通じていた俺の父も、魔王城に魔王討伐に出かけたきり帰っては来ない。水面下で魔族を退かせて細々とした生活を営む、ギリギリの毎日だった。
 限界だった村人は村を捨てる事も考えたが、周囲はドラゴンの住む山脈に囲まれていて背後は巨大な崖、唯一外へ繋がる道だった海路も、海辺への道を塞ぐ様に建てられた魔王城に阻まれている。女子供を犠牲にするわけにもいかぬ為、総員で山脈に強行は出来ず、さらに山脈を渡る凄腕は例外無く村の守備の中核に立っていたから応援も呼ぶことが出来ない。
 絶望が日々を支配した、そんな毎日に唐突に勇者は現れた。彼は白亜の竜で降り立ち、村にいたパズズを雷で一掃したのだ。俺達は歓喜した。勇者は、そんな俺達に竜と村の守備を任せると伝えた後に、魔王城に乗り込んだ。そんな時、俺は悩んでいた。彼だけに任せていいのか、かつての父の様に、俺も戦いを挑むべきではないのか。意識で芽生えた勇気と無意識で溜めていた父の様になりたいという思い、勇者が現れた事と白亜の竜が村の守備についた事によって、その葛藤を抑えられずにいた。後は恐らく皆の御想像通り、母が眠りについた夜に、俺は村の防衛隊に話をつけて数人の賛同者とともに村を飛び出した。

 ―――はっ、はっ、はっ。

 そう、ちょうど今みたいに走った。途中で幾つもの魔物を切り伏せて。殆どが勇者迎撃に出ていた所為だろうか、幸い上位魔族にはあまり出会わずに済んだ。
 ――そして、魔王城にたどり着いたのだが。
「……なんだよ、こりゃ」
 辺りにはおびたたしい血、焼き尽くされた残骸、両断されているメカバーン、或いは粉々に砕かれたアークデーモン、或いは歪に捩れたバトルレックス、四散したらしいスライムベホマズン、壁の染みになって絶命したトロルキング、全身にひびが入り砕かれる前に命を落としたのであろうボーンファイター、四肢を強引に吹き飛ばされたエビルフランケン、微かにワイトキングと分かる破片群……。
 まさしく、血塗れの大海というべき惨状だった。魔王城の魔物は常駐で2千以上に達すると聞くから、攻略するにこの光景は当たり前だが……。
「私達の出番は要らぬかもしれんな」
 一緒にやってきた防衛隊の仲間がそう言うが、俺はどうにも引っ掛かりを覚える。むしろ、追い詰められているのは勇者の方ではないのか、と考えてしまう。そして、二つの事に気付いた。
 一つは、モンスターの明らかなオーバーキル。勇者は剣も魔法も扱う事が出来ると言われているが、それは逆に魔法戦と白兵戦の両方の負担を受ける事であるにも関わらず、モンスターの屍骸の損傷は著しすぎる。特に魔王城の奥に繋がる道にいたらしいモンスターは、元がどのような形だったのか判別が難しいほどだ。
 もう一つは、モンスターの倒れている場所は一定の空間に集団で固まって点在しているという共通点がある事だ。つまり、何度かに分けて、勇者がこれほどの破壊呪文を使わなくてはならない程度の数で一気に襲い掛かっているようだ。その間の所々に、モンスターを少数送り込んで戦闘をさせれば、勇者はまともに休む暇すらないだろう。
 ―――つまり、勇者は自分の決めた闘い方を取れないでいる可能性が高いのだ。
「……まずいな、急ぐぞ」
「それは分かったが、急にどうした?」
 父の友人である老齢の僧侶、アングリフが、俺に功名心を疑うかのように疑惑の視線を向ける。
「……説明は走りながらする」
 俺が駆け始めると、仲間もみな同じように続く。
 どう説明するかを頭の中で組み立てつつ走る中で、俺は先程とは別に、勇者の行動に少しばかり疑問を持つ。
 ……何故、勇者は退却を選ばなかったのだろうか?

 ―――はっはっはっ。

 少し走ると、霧の様な黒い何かが漂う場所へ出た。俺達は足を止めてそれに触れると、帯電したかのような軽い痺れに遭う。
「これは……?」
 着いて来た中の一人が霧への疑問を表に出すと、アングリフがそれに答えた。
「恐らく、魔性痕と呼ばれる現象だろう。魔族の気や生命力その物ともいえる瘴気の中で強力な魔力が呪文で変換されると、変質を起こして軽い毒性を持つのだ。恐らく魔王から漏れ出した瘴気だろう。大分奥まで来た事だしな。一日二日でも留まらぬ限り大事にはならん。それより、ウィードよ。先程呟いていた事だが、何がまずいのだ」
「その強力な呪文がまずいんだ。既にここまででモンスターの屍骸郡、モンスターが集団で倒れていた場所はどれだけあった?」
「確か、34だ」
 アングリフは聖水を散布して簡単に魔性痕を清めながら言った。ついでとばかりに俺達の体に降りかけて簡単な清めを行うと、俺達は再び脚を進める。
「そうだ、彼はあれほどのモンスターを一掃するような呪文を最低でも34回も連続して唱え続けている。白兵戦闘を一人でこなして、そんな大魔法を何回も放っていたら魔王の元に辿り着く前に力尽きてしまうかもしれない」
 だが、それほどの戦闘を繰り返していながら未だ倒れている姿を見かけない。彼の力は驚愕するものがあった。彼のコンディションが整えられれば、一人で魔王とて倒せきれるかもしれない。
 だからこそ、早く辿り着かないとまずいのだ。今、彼に必要なのはたった一度の回復呪文のはずだ。
「確かに、お前の推測が当たっていたとするならば厄介な事になるな」
「ああ、だから少しでも早く……」
 勇者の下に辿り着かなくてはいけない、と言おうとした、その時だった。轟音とともに先の脇にある壁が、爆炎と灰燼に突き破られて吹き飛んだ。
 驚く暇も無かった。辛うじて、その中にごみきれの様な何かの影が見えたが、煙と破片の飛び散る速度が異常な速さで、それすらもあまり動体視力を鍛えていない魔法使い達には分からなかったようだ。
 魔法使いの一人がバギを応用し威力を弱めて範囲を拡大して煙を吹き飛ばす。そうする事でようやくごみきれの正体が分かった。
「勇者殿っ!!」
 そこには苦痛に顔を歪め腕が削ぎ落ち足が爆破された勇者が喘いでいた。伝説と謳われたであろう盾も鎧も兜もそれぞれ等しく罅割れ、伝説の名を関するに相応しくない、今にも砕けそうな有様を晒している。
 アングリフが走り始めてベホマ、キアリーとあらゆる回復呪文を試すが、表立った効果が得られない。ただ、多少歪みの和らいだ顔を見るに、幾分かの苦痛は取り除かれたようだ。
「……信じられない、ザオラルが効かない!」
 アングリフが悲鳴を上げて回復呪文でも上位の蘇生呪文を掛けるが、どうにもならない。本来なら失われた体内器官や四肢の再生すら行うこの呪文でも、千切れ、吹き飛んだ手足を回復する事が出来ない。それどころか止血作用のあるベホマも傷を塞いでくれず、辛うじて体力回復効果を発揮してくれるのみだ。どうやら、呪いを込めた攻撃を食らったようだ。
「……お前、達は」
 勇者が声を上げると、全員が彼に注目した。血反吐を吐くようなその声を聞く限り、もう長くもたないだろう。
「ヴィーロッシュ村の防衛隊で御座います。……申し訳御座いません、もっと早く辿り着けていれば」
「……馬鹿、すぐに、逃げろ」
 アングリフが悔いを顕わにするが、勇者はそれを遮ぎる。
「魔王は、まだ生きて……」
 その言葉と共に、勇者が突き破った壁から、巨大な影、魔王が現れた。

 ―――はっ、はっ、はっ。

 魔王ガンディール。魔力の太源とも言われる秘宝、ルーの大角という名の杖を持つ、7mを超える背丈の大魔法使いの成れの果て。その強大な魔力、そして秘宝によって変化した三本の落雷の角による攻撃を得意とし、魔術王とも謳われている。歴代の魔王の中でも頭脳派で、その知略故に、自分達の戦力が大軍であればあるほど倒せないと言われた魔王である。
 ……だが、今、彼も勇者と共に虫の息にあった。
 落雷の角は全て折れ、右腕は黒く焼け焦げ、左腕は切り飛ばされている。足は切り刻まれてボロボロで、もはや立つという機能すら発揮できず、彼は這い蹲っていた。首の動きだけでここまで来たようだ。そして、手が使い物にならなくなったからだろうか、口にはルーの大角を咥えているが、ルーの大角は半ばから折れ、もはやその機能は何も発揮出来ないでいるようだ。なぜ、そんなものを咥えているのかと思うが、顔を見ればなるほど、眼に斬撃の痕がある。もはや眼も見えていないのか。
 と、唐突に倒れ伏した。当たり前だ。こんな重傷を受けては、魔王と言えど容易に立ち上がれはしないだろう。だが、勇者の言うとおり、まだ彼は生きていた。じきに回復して立ち上がる事だろう。
「大丈夫です、勇者様。我々が片をつけます」
「ムリだ……」
 勇者は一言そう告げた。
「魔王は、勇者以外には、倒せない」
「そんな! 我々を……」
「君たちには、ムリ、だ!」
 勇者は、その言葉をばねにして立ち上がった。ふらつくなんてものじゃあない。
 魔力の流れを見ることが出来る、魔法使いや僧侶には分かっただろう。立つ機能を失った足に、ホイミを連続で掛け体力と気力だけで彼が立っているという事が。
 彼は起き上がりの時に剣を口に咥えて、ゆっくりと魔王に近づいていく。だが、彼の口から咥えられた剣が零れ落ちると、そのまま重力の勢いに任せて体は再び地に埋もれようとした。あわてて、地面と激突する前に抱き起こす。
 すると、彼は独白するように声を絞り出した。
「す、まない。俺は、まお、うを……倒せなかった」
「後は、お任せください! 我々も弱くは無いんだ!」
 俺の言葉に、思わず苛立ちが混じった。
「やめ、ろ、犬死したいの、か」
「犬死だなんて!」
「―――人間、なんかじゃ」

 ―――はっ、はっ、はっ。

「……勇者でもないのに、魔王に挑むのが、犬死なのですか?」
「おい、ウィード」
 俺の変化を見破ったのか。アングリフが俺に咎めるかのように声を掛ける。
 奇妙な怒りが心を占めていた。自分でも不思議だ。何故だろうか。人間が決して敵わない、「魔」の「王」であるからこそ、我々は勇者に頼るのだと言うのに。だが、俺の心に閉めた思いは「敵わない筈は無い」という一点のみであった。

 そもそも、何故、人は魔王に勝てないのか。力の差だけでは、勝てないとは言えない。種族の差だけでは、勝てないとは言えない。
 何故、魔王は勇者にしか勝てないのか。それは唯の人には資格が足りないからに他ならない。伝説の剣、光の玉、究極破壊呪文マダンテ、勇者の最強の呪文ミナデイン、そして……、この勇者の力は伝説の剣を受け継ぐ器である血筋。ガンディールが生来纏う黒き気は、この剣以外には貫けないのである。

 俺はそこまで考えると、勇者が取りこぼした剣に眼を向ける。ボロボロの剣だ。伝説の剣は古代の神が封じられていると風の噂で聞いたことがあったが、それ程の時を亘っても、村で見たとき、この剣には一点の曇りも無かったのに。気の遠くなるほどの永い時を過ごしたこの剣にも、気の遠くなるほどに苛烈なこの戦いには耐え切れるものではなかったのか。
 いや、違う。まだ、この剣はその役目を終えていない。まだ、この剣はその力を失くしていない。傷つきながらも、その白き刀身は、その鋭利な刃は、罅割れることなく、俺の目の前で剣は存在していた。先程の敵わない筈は無いという思いは、どうやらこの剣が原因らしい。

 剣を見つめながら、そこまでを胡乱気に考えていると背後から物音が聞こえた。皆があわてて振り返ると、魔王がゆっくりと立ち上がろうとしている。魔法使いが咄嗟にメラミを撃ちだすが、黒き気に阻まれてダメージを与えられない。
「おい、ウィード、何をやっている!」
 仲間の戦士が、そう俺を叱責する。後ろに振り返ると、すぐ傍でアングリフがこちらを見つめていた。
「アングリフ、貴方も迎撃を……」
「―――ウィード」
 戦士の言葉を遮り、アングリフはこちらに語りかけてくる。
「何を考えている、ウィード。お前は勇者ではないのだ」
 その言葉にふと自分を省みる。俺は、地べたに転がっていた伝説の剣に、手を掛けようとしていた。様々な感情が俺の胸中で渦巻くなかで、必死に一つ一つの感情を繋ぎ合わせて、言葉を形作る。
「俺は、―――自己満足でしかないんだけど、俺は、きっと証明したいんだ。犬死なんかじゃあないんだって。俺の父親は、勇敢に戦った。……だから、俺がここであいつを倒せれば、唯の人間が魔王を倒すことができれば」
「父が無為な可能性に挑んで、唯死んでいったわけではないと証明できると?」
 アングリフの言葉に、俺は頷いた。同時に剣を握り締める。

 ―――はっ、はっ、はっ。

 剣を持った瞬間、俺は勇者にしか扱えないと言われた理由を思い知った。剣がとたんに不自然な重量を持ち始めたのだ。纏わり着くような重さは、剣だけじゃあない、腕全体にも掛かり、このまま振ってしまえば腕の関節が抜けてしまうのではないかと思えた。単純に、ただ重い。これなら、そこらの銅の剣のほうが遥かに役に立つ事だろう。
 ―――だが。
「アアアアアァアァァァッ!」
 構える余裕など無く、持ち上げる。まともには振れまいが、関係は無かった。こいつを叩きつければそれでいい。刀身を地面に擦り付けて重さを分散しながら、魔王の下に直(ひた)走る。黒き気で周りの攻撃を防いでいた魔王は、こちらを視力の無い眼で見ると魔力の賦活させてホイミで自分の体を癒す。そのまま、こちらに対して焼け焦げた巨大な右腕を叩きつけてきた。
「ピオリムッ!」
 瞬間的に周囲の速度が、時間が遅くなったかのように低下した。違う、こちらの時間が早くなったのか。アングリフが速度上昇の呪文を掛けてくれたらしい。身体一つ分だけ右に避ける。魔王の豪腕からの風を受けながら、俺は彼の間合いの中へと真っ直ぐに入り込んだ。魔王の左腕は切り飛ばされている。
「―――バイキルト」
 魔法使いが攻撃力強化の呪文を掛ける。剣は甲高い音を発し、高速で振動を開始する。魔力は更に剣に纏わりつき、青い漂うような熱を発した。
「―――、――っ!」
 もう何を叫んでいるかは自分でも分からない。ただ、下から上へ、閃光を描く様に青い光を灯した剣を魔王の胸元の奥、心臓へ目掛けてその切っ先を叩きつけた。黒い気は切り裂くような音を鳴らせて破れ裂け、剣は魔王の身体に深々と突き刺さる。
 間違いなく、会心の一撃であった。

 

 ―――はっはっはっ、はっ。

 思考が現実に戻る。それと共に、過去に眼を奪われていた視界が、開けるように広がった。
 青い空が広がっていた。下には街が、かつての時代には無かった「都市」が広がっている。俺は躊躇わずに崖を飛ぶ。後ろで爆発音が聞こえた。

 

「逃した、か」
「追いますか、ローズレッド隊長?」
 イオラで焼け焦げた崖を前に私は踏み止まった。相手は単独だから崖を飛び降りるなんて行動が出来るが、こちらは複数である。これ以上、彼と同じルートで彼を追うのは無理だろう。
「追跡止め。警察関係に連絡を入れな。手配書はもう出回ってるし礼状も正式なものだから、対応の連絡はとっくに行ってるはずさ。街に検問を付けたほうが早い」
「了解しました」
 そう答えると部下は下がっていく。私は、彼の逃げ込んだ先、崖の下を覗き込んだ。何かのサーカスかイベントでも行われているらしく、二色で装飾されたテントが風船やリボンなどで彩られていた。
「五十五年ぶりだねえ、お兄ちゃん。ようやく、この老いぼれの青春が終わるのかと思うと、なにやら感慨深いものだ。……だが」
 久しぶりに彼の愛称を発した自分の声が、かつての予想以上に嗄れた声である事を改めて意識する。五十五年、唯の人間には長すぎる。
 感傷を振り払うために首を振る。そのまま振り返り、走り出す。彼の動きは早い。一日もあれば、検問付きの街など抜け出してしまうだろう。一刻も早くこちらも追いかけなければ。
「青春は青春だ。勝手ですまないが、ここいらで決着をつけさせてもらうとするよ」

 

 


 勇者論―――ローズレッド・エルドレアン著

 かつて私の村は五十五年前に現れた、最も新しい魔王ラカンの脅威を受けていた。記憶にも新しい、エルブレヒトの末裔と謳われた空間渡りの魔力を持つラカンは、その特異な魔力から決して倒せぬと言われた魔王であった。事実、彼は雷系の呪文であるディン系呪文の速度でもなければ追いつけぬ移動力を誇り、勇者の降臨が各地で望まれていた。そんなラカンが辺境の私の村へ脅威を向けたのには理由がある。
 私の村は、とある神官と鍛治士の集まりが祖となり誕生した村で、代々とある靴を伝えていた。後に歴史書にもその名が載ることになったペガサスの具足である。ペガサスの具足は、今はもう伝えられていない、ピオリムの上位呪文である時渡りの魔力が封じられていた。
 時渡りの魔力を持つペガサスの具足を履いた者は、自らの時間を自由に操れる。その魔力の連続使用があれば、空間を渡るラカンにも追いつく事ができる。ラカンはそれを恐れていたのである。長い間、靴を守り続けていた村も苛烈になる攻撃の前に、最も近い王城都市ウカバスに輸送しようという計画が進んでいた。
 そんな脅威に晒された村に、一人の旅人が現れた。同じく、歴史書に記された天馬の勇者である。名を知られぬ彼は、本当に不意にこの村へと現れた。村人は事情を説明し退避してもらおうとしていたのだが、私の村は辺境と言うだけあって周囲には他の村も無い。その上、三日という滞在期間を頑として彼は崩さなかった。
 ペガサスの具足は明々後日には引き取ってもらう事になっていた。せいぜい三日なら魔王も攻めてはこないだろうと、半ば呆れていた村人は渋々納得し、村長は娘である私に旅人の世話を頼んだのである。
 旅人は奇妙な男だった。戦士の武装をしていたが、見たことも無いような蒼い鎧で、五十五年前の時代でも古臭いと言わざるを得なかった。また、戦士であるにも関わらず魔法にも精通しており、世界樹の葉など珍しい物品を数多く持っていた。実は魔王の手先なのではないかと疑ったほどである。
 そして、三日たったある日。あの歴史的な事件である天馬の勇者事件は起きた。ペガサスの具足を持って村の中でも精強な男と村長が村の中央に集まっていると、突然に旅人が天馬の具足を強奪した。まさしく一瞬の出来事、男達が気付いた時には旅人は具足を履き替えようとしていた。
 それと時を同じくして、村の一角が突如崩壊。ラカンの突然の襲撃だった。混乱を極めた村人達に退避を促して、旅人はラカンに立ち向かった。魔王ラカンの超常的な能力である空間移動に彼はペガサスの具足で完全に対応、ともすれば圧倒していた。ペガサスの具足に加え、彼自身もピオリムを自らに掛けてトベルーラの飛行を組み合わせ、ディンどころかまともな攻撃魔法も用いずに彼はラカンを打ち倒した。
 魔王狩り。勇者以外なし得ない所業を、旅人は私の眼前で見事成し遂げた。

 

「もっとも、勇者なんかじゃなかったけれど」
 論文の出だしを読みながら一文字も書き加えなかった真実を呟き、私は夢の中で呟いた。この論文が特務班の目に留まり、彼らの要請を受けるようになり、いつの間にか魔導隊のリーダーとして生きるようになった。かつて彼を追う為に講じた手段の一つであった論文だが、それがこうまで私の人生を狂わせるとは。
「星の下、かね。言いえて妙な言葉だが」
 星はかつての人にとっては運命そのものだったのだろう。なら、私の星は流れ星だったに違いない。それも、早く堕ちてくれと願う最悪に寿命の長い、呆れるような長さの。
「……そろそろ起きるか」
 寝入る様に顔を隠し、視界を閉ざす。
 瞼を持ち上げると、そこにあるのは散乱した書類と文具。圧し掛かっている場所は濃茶色の木目を持つ板、いや机か。雑務中に寝入っていたようだ。仕事は終わらせてある。終わって安心したら倒れたか。不眠不休で彼を、ウィード・バウアーを追っていたからだ。
「全く、子供かい私は」
 彼を追える。彼の背中に追いつける。言葉を交わせられる? 触れられる?
 いや、相対するだけで十分だ。私の時間は終わっているのだから。だが、彼が少しでも私を覚えているようなら話くらいはしようか。
 他愛も無さ過ぎる事が浮かんでは消えていく。
「覚えているほうが、おかしいんだがね」
 ウィードとの接点はたったの四日。村人の内で唯一初めから彼を交流を持っていた私は、魔王の手先と言う誤解を塗り替えて村人を護りきり魔王狩りを成し遂げた彼の姿を全て見ていた。そして、その全てに惹かれた。だが、その翌日の宴の日、告白した私に手紙一つを残して彼は去って行った。手紙は、自分が勇者ではない事と自分に掛けられた呪い、不老不死について、そして呪い故に一緒にはいられないという事への謝罪だった。
 だが、それはあの時の私を納得させる理由にはならなかった。老化速度の違い。それは本当に絶望的なものなのに、かつての私は「その程度」と彼を追いかけた。彼から直接拒まれたかったのか、受け入れてもらいたかったのか、それはもう忘れてしまったが。
 以前は恋だったのだろう。だが、あれから多くを経験した私にとっては最大の心残りというだけでしかない。或いは妄執か。せいぜい付き合ってもらうとしよう。
 あんな風に人との繋がりを避けて、幸せになれる人間はいない。たとえ無責任でも、たとえ別れが辛くても、彼は多くの人間と話し、笑い、笑わせ、怒り、悲しんで、和み、謳い、庇い、信じあって、そうして生きていかなくてはいけない。そう、彼に伝えなくては。
「まだ、若いんだからさ」
 そこまで思って、自分を見直す。全く、感傷が多くなったものだ。歳はいやだ。重ねてきた分、重みに耐え切れなくなってこう弱みが飛び出してしまう。
「リーダー?」
 そこに私を呼ぶ声と共に、扉をノックする音が聞こえた。私は扉に顔を受け、気合を入れ直す。
「行くか」

 

「ユキちゃーん、何とかならないんですか? 人、人、人、人人人! 人の海だか山だか、もう! 何の祭りですか、これは!?」
 私は繋いだ手を引っ張り、先導して歩く繋いだ先の少女を睨んで歩く。辺りは暗闇。上についたランプのような明かりだけが頼りだった。いや、それよりも周囲を埋め尽くす人並みがうっとうしい。
 厄日だ。今日は本当に厄日だ。
「ぼやくない。それにFestaじゃあなくてCircusだよ、ハル。Understand?」
「そんな事は極めて如何でもいいです!」
 思わずううっと彼女を睨んで歩く。おお、可愛怖いなどと造語を作り上げて先を進む長谷川行人という、女の子に似つかわしくない名前とそれに見事に反比例した容姿を持つ少女が今回、私がこんな場所に来ている原因だった。
 それは朝の出来事である。
「Good morning、ハル! 今回やって来たはTedious and lazyな我々学生の味方、Circus。今日はここが我らのDate spotってわけさね。How do?」
 寝ぼけ眼に見えるのは、ニコニコと満面の笑みを浮かべるルームメイト。まさに起きたばかりの私は、寝ている合間にいつの間にやら着替えさせられて、このサーカス会場に並ばされていたのだ。
「思い出すだけで、涙が……」
「おうおう、ハルちゃん。そこまで感動していただけるとは感無量だぜぃ」
 何故か照れ始めた友人に白い視線を送り、私は涙を拭く。
「……そうです、そうですよね。思考するだけ無駄でした」
「何さ、ハル。何を無駄にしたのか知らないけど、無駄な事は何事にも良くないよ? ちょっとだけ色々余す事無くお姉さんに話して御覧なさいな?」
「後半が矛盾した発言どうも、自称お姉さん」
 どちらかと言わせれば、彼女は幼い容姿だ。身長など150にも満たないし、バストサイズも言わずもがな。マシなのはウェストサイズ位である。本人も気にしているのか、成長期に失敗したとよく吹聴している。彼女の、大人の女になりたかったというお決まりの台詞は友達なら一度は聞く決まり文句だ。
 ――もっとも、そんな彼女は校内では女狐、男殺しで通っていたりするのだが。
 黙っていれば可憐な美少女にしか見えない容姿をフルに活用し、校内の男子生徒を喰って周る事が生き甲斐なのだと言う。喰った獲物は数知れず、作った敵も天井知らず。
 ……そうして出来た敵から、何故か同室と言うだけで無関係の私も目の敵にされたり。
「ひっどいな、ハル。栄養の吸収が悪かっただけだもんね。それに自分だって栄養が頭に行ったり運動神経に行ったり、その割りに腰なんか細くてなんか体柔らかで家庭的だし……、あれ? Youもしかして完璧超人? 胸もでかいし」
「胸の話はいいでしょう!?」
 茶化す彼女に思わず怒り口調で返す。
 胸は私のコンプレックスだ。確かに自分でも綺麗だな、と自惚れる事も無くは無い。だが、それ以上に良い思い出が無いのである。
「この胸の所為で貴方に着いてきた人に襲われかけたりして、散々な目に遭ったんですから!」
 そこまで言って、先日に襲われかけた事を思い出して身震いする。男という生き物が、ああも女と違う生き物なのかと理解した瞬間だった。あまり思春期に体験する事ではないだろう。唇も貞操も、あと少しで失ってしまいそうであった。
「まあ、あいつは最初からあんた一筋だったらしいけど、っと睨むない。それで軽く男性恐怖症になっちゃったのは謝るって。ちゃんとケリだってつけたしさ」
 その後、事件に乱入したユキちゃんは怒り狂い、その男をふん縛って話し合いの席に叩きつけたのである。その時に相手も告白してきて、こちらも丁重に断っているので、一応のケリは着いたとは言えた。普段は相手も大人しい性格なのか、最後には互いに涙目だったのは覚えている。
 だが、ケリは着いてもそう簡単に気分は拭えない。ユキちゃんも相当反省したらしく、男の子漁りも止めたそうだが、それでもここ最近私は相当落ち込んでいたのだ。
 ――そこまで考えて、フッと思いつく。
(もしかして、ユキちゃん……)
 今日、サーカスに連れて来たのは私の気分転換の為なんだろうか。人の機微に鈍感な彼女の事だ。一生懸命考えた結果、こんな強引なものになったに違いない。
 そんな事を考えながらユキちゃんを見ていると、彼女は訝しげに私を見返していた。

 

「Ladys and gentlemen! これより、我らメリーベルサーカスの公演を始めます!」
 遠くから開幕の宣言が聞こえる。藁の物陰に隠れながら俺は、どうやってこの街から脱出するかを考えていた。
 まさか、勇者を捕縛する組織などが在るとは知らなかった。おまけに、自分がその勇者と間違われて、追われる身となるとは。
「……しかし、あの隊長らしい人、何処か見覚えのある人だったな」
 不死の呪いを受けてから、人を避ける様になった俺に、知り合いはそう多くない。最近は学生か、バイトしながらの旅歩きを装うようになって、人との接触が少ないわけではないが、あの老婆に重なるような知り合いはいない筈だ。
「まあ、それはそれとして……」
 今は、置いておく。脱出する事以外にも、気にするべき事が在るのだ。
「本当に出す気ですか、こいつを!?」
「じゃなかったら何の為に大金出してまでこいつを買い付けたんだ! ここで上手くやらないと、俺達はやばいんだよ!」

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